始まりの合図


皆さんもご存知の通り、バスフィッシングやソルトフィッシングとは違い、鱒族
には禁漁〜解禁という魚を守る為のシステムがある。この決まり事があるお
陰で、釣り人は良い意味でフラストレーションを貯める事ができ、解禁というス
タートラインに向けて各自ボルテージを上げる事が出来るのだ。

ご多分に漏れず、私も解禁という響きには、否応なしにボルテージが高まっ
てしまうもので、2月の長良川水系の解禁以降、知り合いからの釣果報告に
爆発寸前までテンションは高まっていた。

飛騨方面の河川がやっと解禁した3月のある日。ようやく時間に都合をつけ
れたので、何時でもいけるように準備しておいたタックル一式を車に詰め込
んで、庄川まで一人車を走らせた。

毎年漁券を購入する牧戸地区のお店で年券を発行してもらい、一気に富山
方面へと駆け抜ける。何時も迷うのが、最初に何処に入るかだ。一番近くは
御母衣ダムだが、中部圏に数日降り続いた雨の影響で、濁りが入って活性
が下がっているのでは、と読んだ今回は、朝一の御母衣を捨てて他のポイ
ントを選だのだ。

うろうろしているうちにしっかり明るくなってしまったAM7:00、やっと今年のトラ
ウトジャーニーが幕を明けた。予想外に殆んど雪はなく拍子抜けする程だっ
たが、ロケーションは何時来ても何かが起きそうな期待を膨らませてくれる。
『今年も宜しくお願いします』っと心の中で水の神様に挨拶をして、ファースト
キャストを決める。ルアーは新作アンカーのファイナルプロト、製品は有り難
い事に全てお店にお嫁に行ってしまったので、自分で使うものすらプロトしか
ない状態なのだ。

流れを受けて小刻みにミノーが動いている事を確認しながらナチュラルドリフトでポイントを流す。下まで流れたらまたそれを
繰り返す。丹念に丹念にする、その動作の繰り返しにある種の宗教性すら感じつつ、黙々と打ち続ける。何せ長い長い数ヶ
月の末、やっとの思いでココに立っているのだ。一投一投が幸せの瞬間なのだ。

そうこうして少しづつ歩いてポイントを潰して行くこと2時間あまり。気がつくと車が遥か遠くにポツンと小さく見える程の距離ま
で移動している事に気がついた。一歩でも魚に近づく為に、時間を忘れ、距離を忘れ、夢中になっている自分に対し、ハッと
我に返り「あぁ〜自分って人間は、釣りが大好きなんだなぁ〜・・・」っと今更ながらに自答して車まで戻る事にした。 この間、
塩焼きサイズの銀毛が一回追って来ただけだった。
車に戻ってお手製必勝オニギリを頬張った後、場所を移動する事にし
た。良くも悪くも庄川水系は日本海に降りるまで幾つものダムがあるので、ポイントには事欠かないのだ。 

そしてAM10:00に次のポイントに到着。ここで2009年の上出来な幕開けが待っていたのだ。

11フィートの超ロングロッドが空を切り、先ずはハント90(プロト)が投入された。ここでも弱った小魚をイメージさせて、ナチュ
ラルドリフトでポイントを通過させる事を心がけながらキャストを繰り返す。一心にキャストをする事20分、ついに『ドスッ!!』っと
いう重たいアタリと共に、グングンっと竿が絞り込まれた。流れに乗せながら下流まで魚を移動させる。竿にかかる魚の引きと
流れが体にかかる抵抗から40cmチョットのイワナだろうと推測をした。岸から延びる猫柳に絡まないようにこちらまで引き寄
せて無事ネットイン。

ガッチリとフロントフックを咥えていた相手はやはり44cmのイワナだった。最後にネットの中で大暴れをしてフックアイを破壊
されてしまったが、ペンチでも力を入れないと曲げられないようなステンレスワイヤーを、いとも簡単に捻じ曲げてしまう強力な
力に、改めて凄さを感じてしまった。しかし、まだうかうかしていられない、一匹いれば団体様ご一行で来ている可能性もある
からだ。素早くシンドラー製のライブバックにイワナを入れると、先ほどのポイントに繰り返しルアーを送り込んだ。

しかし20分程粘っても反応はない。そこで釣れた所より少しだけ上のポイントにルアーをキャストする事に、こちらの方が流れが
キツイのでラインのメンディングも気を配らなければいけない。使うミノーは朝も登場した新型アンカーだ。流れの中でも飛び出さ
ず、ハントより一枚下の層をトレースする事が出来る。ハードシンキングミノーにありがちなゆっくりな速さでは動かない上に、動き
出すとウォブが強すぎるような事がないので、いたってナチュラルに魚にアピールする事が出来るのだ。

そしてついに、ポイントを移動して数分。先ほどとは全く別物の、更に重たいアタリが竿を伝ってきた。反射的に全身であわせると、
これまた重たくローリングして流れの中でもだえている相手の抵抗が、8ポンドのラインを走って伝わってきた。流れから慎重に離
し始めると、大きな石の近くで動かなくなった。大きな石の反転流を利用して体を休めながらこの場を切り抜こうとしている強者の
生きる為の賢さがうかがえる。こちらもラインを張ったまま押し問答は続くが、一瞬の隙をみて自分が下手にまわり、こちらが優位
な所まで魚を寄せさせる事に成功した。コイツもがっちりフロントフックを咥えている。さぞやアンカーが美味しい餌に見えたのだろ
う。

ゆっくりと引き寄せ、慎重にネットイン。凛々しい面構えの、鼻曲がり49cmイワナだった。既に前のイワナが入っているこのライブ
バックは、ストリンガーと違い魚を傷つける事無く移動が出来る。彼等には写真が撮りやすい所まで移動してもらい、記念撮影をし
たのちご帰宅頂いた。

このあと最後に、御母衣ダムも寄ったものの昼から急激に風が出てきた為に断念して帰路についた。
2009年、今年は最高の形で始まりの合図を打ち鳴らす事が出来た。野に咲く花は何故あんなに美しいのか?真夏のセミ達は何
故あんなに忙しく鳴き続けるのか?それはきっと限られた短い時間の中で生きている全ての力を出して命を謳歌しているからだろ
う。私達も限られた時間の中で、精一杯力を出して釣りという行為を楽しむべきだろう。それこそが大いなる自然に対する敬意に他
ならないのだから。