九月も後半に入り、例の如くやっとの思いで工面した時間を使って、今年最後になるであろうトラウト釣行に出かけた。
今回のお目当ては、産卵遡上で上流を目指す大型固体だ。 今までの経験から照らし合わせて、何処がいいか場所
の選定をしていると、数年前に尺絡みのアマゴが連発したポイントを思い出した。

今回のステージは飛騨川上流。既に幾つかの場所では、網が掛けられていたが、その中をかいくぐった、頼もしい固
体を目指してR41号を走らせた。ポイントに到着したのは朝のベストタイムを外したAM9:00.。大物に備え5ポンドライン
に8ポンドのリーダーをヒトヒロとってシステムを組み、いざ入水。とっくに日は出ているが膝に絡みつく水は冷たく、高地
では夏も終わり、そこまで秋が迫っている事を実感させてくれた。水量の豊富な本流は素行が難しい程流れがある。こ
の流れの中をアマゴやイワナ達も子孫を残す為に一淵二淵上って行くのだろう。


深度のある良い淵が続く場所まで来たので、改めてリーダーのラインチェックをする。8ポンドならよっぽど大丈夫だが、
何匹も魚を掛けたり、ブッシュに絡まったりした後に、大物を掛けてスナップの結合部からラインブレイクなんて、失態
は良く聞く話だ。 慎重にキャストしてアップクロスで派手目にBENKEIを踊らすと、数投目で流芯付近から尺超えアマ
ゴが追いかけて来た。「焦るな!焦るなっ!」っと自分に言い聞かせながらトゥイッチを繰り返すと、足元まで追いかけ
て来て、まだルアーに意識が向いているようだった。 そこで、そのまま流れに逆らいながら竿先でBENKEIを動かし続
けると、一瞬食いたそうなモーションになったものの、そのまま流れの中に帰って行ってしまった・・・

産卵を意識した秋アマゴ&ヤマメは難しいとは言うものの、今の魚は自分の腕がもっとあったなら獲れた固体だったに違
いない。逃した魚程、美化されて記憶にこびり付くものだ。又一つ来年に向けての課題が出来てしまった。

さて、気を取り直して、目ぼしいポイントを移動しながら散策する。二時間程釣り上がる間に釣れたのはチビアマゴ一匹と、
22cm程度のイワナが一匹だった。「やはり秋の大型連休直後では余りに分が悪いのだろうか?」と、数日前につけられ
たであろう足跡を横目に素行を続けた。しかし、その苦労もこの後の一匹で全て報われる事となった。

目の前には大きな淵があり産卵場所としては一級の所だろうか。しかし、その大淵から流れ出た直ぐ下の落ち込みに奴は
居た。岩陰からアップストリームで放たれたBENKEIは、流れに乗せてヒラを打ちながら下ってきた。そして、沈み石を通り
過ぎた瞬間、黄金色の大きな物体が、水面を浮かす程の反転をしてBENKEIを一気に引っ手繰って行ったのだ。 

時間にしてみれば一分も無かっただろうか。そのまま流れに乗せて下手側の手が届く所まで誘導する。口元を見るとしっか
りとフロント、リアフック共にフッキングしていて、無理をしなければバラス心配はなさそうだった。一番の問題はネットを用意
していなかった事。尺程度なら以前に自分のしている麦わら帽子でランディングをした事もあるが、流石に目の前のコイツ
にはその作戦も通用しなさそうだ。 そこで辺りを見回すと、大きな岩の窪みが水溜りになっているのを発見した。もうあそこ
しかない!!暴れさせない様に、そっと腹から抱えると、相手も何が起こったか分からないぐらいのスピードで抜きあげ、そ
のまま水溜りに移動させて、ハンドランディングは無事成功した。

カメラの準備を済ませてからメジャーをあてると44cmあった。しっぽの先まで一部の欠損もないイワナとしては完璧な魚
体だった。BENKEIの掛かった面構えは二股に鼻の曲がった男らしい口元だ。背中の虫食い斑も綺麗に現われていて固
体としてはパーフェクトに近いものだった。自分で釣っておきながら勝手な言い分だが、思わず「よくこんな所まで誰にも
捕まらずに上ってきたなぁ〜」っと、労いの言葉を掛けずにはいられない程の、素晴らしい固体との出会いだった。

アマゴには逃げられたものの目的は達成出来た。後は日が暮れるまで、谷を散策する事にした。もうサイズに拘る事は一
切ない。美しいロケーションの中で綺麗な固体と程よく遊べればそれで満足だ。ランガンする間にダムざしであろう40cm
近い婚姻色バリバリのアマゴも見たが、もうサイズに関してなら、お腹一杯だったので、不思議と執拗に粘る気になれず、
二投して止めた程だった。

かなり上流の、高原帯に入る所まで来る頃には、夕暮れの風がススキを揺らしていた。水の流れと魚に気を取られて気が
つかなかったが、既に気の早い木々達の中には、葉を赤く染めて、来るべき時期の準備をしている物もいた。この小さな谷
も後少しすれば、水面が見えなくなる程の落ち葉で埋め尽くされるのだろう。そして、その落ち葉の下では新たな命が生ま
れ、次の世代へと生命が受け継がれて行くのだ。「又、来年会おう。それまでに、お互いもっと大きくなってような」そう思い
ながら、すっかりと暮れた道を一人車を走らせた・・・
落ち葉の別れ